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長野地方裁判所飯田支部 昭和44年(ワ)87号 判決

原告

片桐宅男

ほか三名

被告

白雪豆腐株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告片桐宅男に対し金三〇万円およびこれに対する、原告片桐ともに対し金二八三万九、〇六七円およびうち金二五三万九、〇六七円に対する、原告片桐孝子および同片桐みゆきに対し各金一六六万七、八〇四円およびこれに対するいずれも昭和四三年一一月一四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その二を被告らの負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告ら訴訟代理人は

(一)  被告らは各自原告片桐宅男に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四三年一一月一四日から、同片桐ともに対し金四四一万七、四三二円およびうち金三九六万七、四三二円に対する昭和四三年一一月一四日から、同片桐孝子および同片桐みゆきに対し各金二六二万九、一一六円およびこれに対する昭和四三年一一月一四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら訴訟代理人は

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決ならびに原告ら勝訴の場合担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

第二、請求の原因

一、(事故の発生)

被告岩下稲男は昭和四三年一一月一四日午前〇時一五分ころ普通貨物自動車を運転し、その助手台に訴外亡片桐義孝(当時三一才)を同乗させ、時速約五〇キロメートルにて長野県小県郡丸子町大字長瀬三、一七六番地先道路を進行中、自車を右道路外に逸脱せしめて自車の前部左側を電柱に衝突させ、自車の助手台に乗つていた同人を車外に転落させ、よつて同月一八日丸子中央病院において同人を頭部胸部打撲兼骨折により死亡させるに至つた。

二、(責任原因)

(1)  被告会社は右普通貨物自動車(以下本件自動車という)を所有し、被告会社の雇傭運転手である被告岩下が本件自動車を被告会社の業務のために運転中本件事故を発生させたもので、本件自動車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下自賠法と略称する)第三条により、本件事故により生じた訴外亡片桐義孝(以下義孝という。)および原告らの損害を賠償する責任がある。

(2)  被告岩下は本件事故発生につき前方注視義務を怠つた過失があつたから、直接の加害者たる不法行為者として民法第七〇九条により右同様の損害を賠償する責任がある。

三、(損害)

(一)  亡義孝の逸失利益

義孝は本件事故当時満三一才の健康な男子で朝日交通株式会社に自動車運転者として勤務していたもので、同人の死亡前の一年間の給料は年額金五八万八、八五二円であつたところ、そのうち生活費として平均毎月一万五、〇〇〇円を要していたのであるから、これを控除すると義孝の一年間の純利益は金四〇万八、八五二円となる。ところで厚生大臣官房調査部発行の第一〇回生命表によると、三一才の男子の平均余命は三八・八二年であつて、義孝は本件事故がなかつたならば、満六五才に達するまでの三四年間就労して稼働することができ、この間前記年間の純利益を取得できた筈であるから、義孝は右期間金一、三九〇万〇、九六八円の得べかりし利益を喪失したことになるか、これをホフマン式計算法によりその現在価を求めると金七九九万四、六一〇円となる。

原告片桐とも、同孝子、同みゆきは右義孝の相続人の全部で、原告ともはその妻として、原告孝子、同みゆきはいずれも子として、いずれも相続分に応じ右義孝の損害賠償請求権を各三分の一の割合で相続した。

(二)  原告らの慰藉料

原告片桐宅男は義孝の実父であるが、義孝を不慮の死によつて失つたことにより同原告が受けた精神的損害を慰藉すべき額は金一〇〇万円が相当であり、原告片桐とも母子が一家の柱であつた夫あるいは父たる義孝を失つたことによる精神的苦痛は筆舌につくしえないものがあり、その慰藉料として原告ともに金二〇〇万円、同孝子および同みゆきに各金一〇〇万円が相当である。

(三)  原告片桐ともの財産上の損害

(1) 入院治療費 金一〇万七、二六三円

原告ともは、亡義孝が本件事故の発生した昭和四三年一一月一四日丸子中央病院へ入院して同月一八日に死亡するまでの間治療を受けた入院治療費として金一〇万七、二六三円を出捐し、同額の損害を受けた。

(2) 葬祭費等 金一八万一、〇五三円

原告ともは、亡義孝の葬祭費として、仏壇等購入費に金八、六五〇円を、葬具一式代に金四万一、七〇〇円を、写真引伸代に金四、〇〇〇円を、死亡通知状印刷費に金六〇〇円を、仏前供花代に金一、〇〇〇円を、料理代に金四万八、五八三円を、香典返しに金三万一、二二〇円を、車代に金三万二、五〇〇円を、霊柩車に金二、三〇〇円を、火葬費に金一、五〇〇円を、寺僧布施に金九、〇〇〇円を各出捐し、同額(計金一八万一、〇五三円)の損害を受けた。

(3) 弁護士費用 金五〇万円

原告ともは原告らのために原告ら訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任し、着手金二〇万円のうち金五万円を支払つたほか、着手金の残額金一五万円および謝金三〇万円計金四五万円については本件訴訟の判決言渡日に支払うことを約した。

四、(損害の填補)

原告とも、同孝子、同みゆきは、自動車損害賠償責任保険金三一〇万七、二六三円を受領したので、これを前記各相続分に応じて各三分の一の割合の各金一〇三万五、七五四円(円以下切捨)づつ各原告の損害額に充当した。

従つて原告ともの損害額は前項(一)ないし(三)の合算額金五四五万三、一八六円から右充当金額を控除した金四四一万七、四三二円、同孝子および同みゆきの損害額は前項(一)、(二)の合算額金三六六万四、八七〇円から右充当金額を控除した金二六二万九、一一六円となる。

五、(結論)

よつて被告らに対し各自、原告片桐宅男は金一〇〇万円およびこれに対する、原告片桐ともは金四四一万七、四三二円およびうち未払弁護士費用金四五万円を除いた金三九六万七、四三二円に対する原告片桐孝子および同みゆきは各金二六二万九、一一六円およびこれに対するいずれも本件不法行為時である昭和四三年一一月一四日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求の原因に対する被告らの答弁ならびに主張

一、(請求原因に対する答弁)

第一項は認める。第二項のうち被告岩下に原告ら主張のような過失があつたことは認めるが、その余の事実はいずれも否認する。第三項のうち(一)、(二)はいずれも争う。(三)は不知、なお弁護士費用につき賠償額としての相当性は争う。第四項のうち原告らがその主張のような自動車損害賠償責任保険を受領したことは認めるが、その充当関係は争う。その余は争う。

二、(被告らの抗弁)

(一)  被告会社は一般的な意味において本件自動車の運行供用者とはいえない。

本件自動車の実質的な所有者は被告岩下であり、その管理運行は一切被告岩下が行つていたもので、被告会社は被告岩下が本件自動車を購入するにあたり名義を貸与する等の便宜を計つてやつたにすぎない。

すなわち昭和四三年五月ころ、それまで朝日タクシーの運転手をしていた被告岩下は、知人のすすめと紹介により被告会社にいわゆる「持ち込み」運転手として働くことになつたが、被告岩下には直ちに必要な車両を購入する資金がなかつたので、その頭金のみを調達し、残額は被告会社からの運賃収入により逐次支払つて行くこととしたが、自動車販売会社において被告岩下の信用に難色を示したため、被告岩下が被告会社に依頼し、被告会社の名義をもつて自動車販売会社から代金割賦弁済の約定で本件自動車を購入して貰うこととし、被告会社の名義をもつて本件自動車を購入し、購入に附随する保険契約の締結、諸税の納付等も一切被告会社の名義をもつて行われた。しかしその購入に要した頭金はもとより自動車の保険料、諸税等も全て被告岩下が支出し、被告会社は名義を貸与した以外一切購入に関与しておらず、購入後の割賦代金の支払も名義上被告会社がしてきたが、それも被告会社が被告岩下に支払うべき運賃から差引いて支払つていたものであり、また本件自動車の燃料費、修理費その他これを維持管理する費用は一切被告岩下が負担した。

被告会社は被告岩下に対しほぼ継続的に製品の運送を依頼し、継続的に運賃を支払つてきたが、本件自動車の運行や管理には全く関与せず、指揮監督をしたことはないし、被告会社の従業員が本件自動車を運転したこともなかつた。従つて被告岩下は本件自動車の運行使用について被告会社の意向や指導をうけずに、自らの判断と責任において依頼された製品を依頼された日時までに運送し、運賃を貰つていたものであり、さらに被告会社の仕事の合間に他の会社の物品の運送をしたこともあつたが、この事につき被告会社から何ら異議や苦情はでなかつた。

なお被告岩下は被告会社との間には雇傭関係がなく、給与を支給されたことはなかつたし、その自宅に本件自動車の車庫を設け、使用しないときはその自宅にこれを保管していた。

以上のとおりであるから、被告会社は本件自動車の運行供用者にはあたらない。

(二)  仮りに被告会社が一般的な意味における運行供用者であるとしても、亡義孝は自賠法第三条にいう他人に該当しない。

被告岩下と亡義孝はかつて被告岩下が朝日タクシーに運転手として勤務していたころ同僚として知り合い、その後友人同志として親しく交遊を続けてきたもので、本件事故の少し前被告岩下が被告会社の依頼により東北方面へ製品を運送することを義孝に話したところ、義孝から同方面へ行つたことがないので、同地方をドライブがてら見物するため連れて行つてくれと依頼された被告岩下はこれを承諾し、昭和四三年一一月一二日午後五時ころ本件自動車の荷台に被告会社の製品を積載し、運転台に義孝を同乗させて飯田市を出発し、翌一三日午前九時ころ福島県郡山市の丸中魚市場に到着したが、この間右両名は途中で何度か運転を交替しあつた。その後右両名は茨城県那河湊市の被告会社の得意先に赴き、全部の仕事を終えて同月一三日午後五時ころ同所を出発して帰途につき、高崎市を経由して国道一八号線道路を北上し、大屋駅附近で県道上田茅野線に入つて丸子町方面に向つて南進中本件事故に遭遇したものであるが、この間も右両名は運転を交替し合い、高崎市から大屋駅まで義孝が運転し、被告岩下が交替して約二キロメートル位進行して本件事故が発生したものである。従つて

(1) 亡義孝は右のように東北地方をドライブがてら見物するため本件自動車に乗車していたもので、本件自動車の運行の一部は義孝のための運行であつたとも考えることが可能であるから、義孝は被告らとともに本件自動車の運行供用者というべく、従つて自賠法第三条にいう「他人」ということはできない。

(2) また亡義孝が運行供用者にあたらないとしても、同人は被告岩下と交互に運転を交替して全行程の半ば近くを運転しており、本件事故は運転を交替したのち間もない接着した時点で発生しているところから、同人は未だ運転者としての地位を離脱していないものというべく、従つて同条にいう「他人」ということはできない。

(3) さらに義孝が本件自動車の運転者であるということが認められないとしても、義孝は助手席に同乗して被告岩下の運転を直接間接に補助していたものとみられるから、いわゆる運転補助者に該当し、従つて同条にいう「他人」ということはできない。

(三)  仮りに被告会社が運行供用者であり、亡義孝が自賠法第三条の他人に該当するとしても、義孝はいわゆる好意同乗者であつて解釈上責任制限がなされて然るべきである。すなわち

(1) 被告会社にとつて亡義孝はその予期せざる同乗者であるといわざるを得ないし、一方亡義孝にしても本件自動車への同乗に際し本件自動車の運行が被告会社のための運行ではなくして被告岩下および自己自身のための運行であることを知悉していたものとみなし得るから、被告会社の運行供用者責任は否定されるべきである。

(2) また仮りに責任全部を否定し得ないとしても、好意同乗であることの故をもつて慰藉料等の減額事由とすべきである。

(四)  本件事故の発生ならびに被害の拡大につき亡義孝の過失も寄与しているから、同人の損害につき過失相殺がなされるべきである。

すなわち本件事故現場の道路は平坦な舗装路であるが、本件自動車の進路からみて右に屈曲しており、幅員九、二二メートルでセンターラインがあり、最高速度が毎時四〇キロメートルと規制されかつ屈曲地点であるから追越が禁止されているところ、被告岩下は本件自動車を運転して制限速度をこえた時速約五〇キロメートルでセンターラインの東(左)側を進行して事故現場にさしかかつたが、当時は深夜であつて交通量は少く道路は空いており対向車もなかつたところから、前記速度で進行し、助手席の義孝に「もうすぐに飯田市だ」と話しかけたが、その際被告岩下は義孝と顔を向け合つたため前方に対する注視がおろそかになり、そのままの状態で約一、五秒、距離にして約二一、三五メートル直進したのち前方に視線を移したところ、はじめて自車が右道路をはずれつつあることに気付き、直ちに急ブレーキをかけたが間に合わず、本件自動車の左側前輪が道路面から低くなつた田圃に逸脱し、続いてその左前部が道路外左脇にたつていたコンクリート製電柱に激突して電柱を根本から折つてなお約六、四五メートル進んで停車したものであり、一方義孝は助手席の座席の上にあぐらをかき、片手にウイスキーのグラスを、片手にその瓶をもつて不安定な姿勢のままでいたため、本件自動車の右電柱との衝突ないし急停止の反動でフロントガラスを突き破つて投げ出され、重傷を負つた上同月一八日午前五時七分ころ死亡したものである。この場合義孝においてもまず被告岩下が前記のように制限速度をこえる速度で運転しながら自分の方に脇見して話しかけてきたのに注意を与えなかつた過失がある。次いで義孝は前記のようにあぐらをかいて酒を飲み、不安定な姿勢でいたためフロントガラスを突き破つて前方に投げ出されたもので、もし足をのばして普通の姿勢で腰をかけ、どこかへ掴まれるような姿勢でいれば、被害を最少限度にくいとめ得た筈である。従つて亡義孝の右過失は本件事故による同人の損害につき過失相殺として斟酌すべきである。

第四証拠関係〔略〕

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

二、(責任原因)

(一)  被告岩下の責任原因

被告岩下に本件事故発生について前方注視義務を怠つた過失があつたことは原告らと被告岩下との間に争いがなく、右事実によれば被告岩下の前方注視を怠つた過失により本件事故を発生させたものであるから、被告岩下は不法行為者として民法第七〇九条により本件事故によつて生じた亡義孝および原告らの損害を賠償する責任がある。

(二)  被告会社の責任原因

(1)  原告らは、被告会社は本件自動車を所有してこれを自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法第三条により本件事故により生じた損害を賠償する責任があると主張し、被告らはこれを争い、被告会社は本件自動車の運行供用者にはあたらないと主張するので、まずこの点について検討することとする。

被告会社代表者横田四郎、被告岩下稲男各本人尋問の結果によると、本件事故当時の本件自動車の実質的な所有者は被告岩下であり、被告会社ではなかつたこと、本件自動車を運転していた被告岩下は被告会社との間に雇傭関係はなく給与の支給を受けたことがなく、従つて被告会社の従業員たる地位にはなかつたこと、本件自動車は被告岩下が直接に使用し、その自宅に車庫を設け自宅をその保管場所としていたことが認められるので、これらの事実からすると被告会社は本件自動車の保有者であるとみることはできない。

しかるところ自賠法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」と認められるのには、必ずしも当該自動車の所有者であることを要するものではなく、またその運転者との間に雇傭関係があることを要するものでもなく、その自動車の運行について事実上の支配力を有し、かつその自動車の運行による利益を享受していたという関係があれば足りるものと解すべきであるから、右のような観点から被告会社が同法第三条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」にあたるかどうかについて検討する。

〔証拠略〕を総合すると、被告岩下は飯田市内の朝日交通株式会社にタクシーの運転手として雇われ、約三年間同会社の運転手をしていたが、自ら自動車を使用して運送業に従事したいと思うようになり、昭和四三年五月初旬ころ被告岩下の父の知人であり被告会社の得意先であつた西部屋という者の紹介で被告会社の製品等の運搬に従事することとなり、被告会社との間にその旨の契約を結んだが、その際被告岩下には右運搬に必要な新車を購入する資金がなかつたので、被告会社に依頼して被告会社の名義をもつて自動車販売会社である長野ふそう飯田営業所から代金割賦弁済の約定で本件自動車を購入して貰うこととし、その代金の頭金のみを被告岩下が調達し、その割賦代金の残額は被告会社からの運賃収入から差引いて支払つて行くことを約したので、被告岩下は被告会社の諒解のもとに右自動車販売会社と本件自動車の購入方を交渉して被告会社の名義をもつてこれを購入し、その代金の頭金だけは被告岩下が支払い、残余の割賦代金についてはすべて割賦代金の支払のために被告会社が自己振出の約束手形をその購入先である右自動車販売会社に差し入れて各期日に右手形金を支払い、これに相当する金額を被告会社から被告岩下に支払うべき運賃から差引いていたこと、被告岩下は右割賦代金について被告会社に対し現在約一〇数万円の債務を負担していること。本件自動車の運行に要する燃料費や自動車修理費等は被告岩下がこれを支払つていたが、本件事故当時本件自動車の登録名義および自動車損害賠償責任保険の加入名義はいずれも被告会社となつていたものであり、また自動車検査証には使用者として被告会社が記載され、その車体には「伊那の白雪」または「白雪」あるいは「白雪豆腐(株)」と被告会社の商号あるいは被告会社の名が表示されていたこと、そして被告岩下は自動車運送事業を経営するために必要な運輸大臣の免許は受けないまま、主として被告会社との間の前記契約にもとづき自ら本件自動車を運転し、主に被告会社の製品の運送に従事していたもので、被告会社以外の仕事として他の会社の物品を運搬したこともあつたが、それも被告会社の製品の運送と対比してみるときはその回数は少なかつたこと。そして本件事故は被告岩下が本件自動車を使用して被告会社の製品である氷豆腐を福島県郡山市の丸中魚市場に届け、さらに茨城県那河湊市の被告会社の得意先に被告会社の製品を届けたのち、空車で被告会社へ帰る途中で起こしたものであることが認められる。

前掲各証拠中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の事実関係からすると、被告会社は本件自動車の運行について事実上の支配力を有し、かつその運行による利益を享受していたものとみることができるから、被告会社は自賠法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」にあたると解するのを相当とする。

すると、被告会社は右法条にもとづき亡義孝および原告らが本件事故によつて蒙つた損害を賠償する責任があるものというべきである。

(2)  次に被告らは亡義孝は自賠法第三条にいう「他人」に該当しないと主張するので、この点について検討する。

〔証拠略〕によると、被告岩下と亡義孝はかつて被告岩下が前記朝日交通株式会社にタクシーの運転手として勤務していたころ同僚として知り合つたもので、被告岩下が右会社を退職したのちも友人として交際していたが、本件事故以前にも被告岩下が義孝を本件自動車に同乗させて義孝に運転をしてもらつたことが一、二回あつたので、本件事故の少し前ころ被告岩下から被告会社の製品を東北方面へ運送することを義孝に話したところ、被告岩下は義孝から同方面へは行つたことがないので連れて行つてくれと依頼されたので、義孝の同乗を許容し、昭和四三年一一月一二日午後五時ころ本件自動車の運転台助手席に義孝を同乗させて飯田市を出発し、途中被告岩下と義孝とが交替で本件自動車を運転して翌一三日朝福島県郡山市の丸中魚市場に到着し、その後帰途について往路と同様に本件自動車を被告岩下と義孝との二人で交替で運転し、栃木県小山市から長野県小県郡丸山町大屋まで義孝が運転してきて被告岩下と交替したが、義孝が運転したのは全行程の三分の一程度であつたこと、被告岩下が義孝に替つて本件自動車を運転し約二キロメートル位進行した際被告岩下の過失により本件事故が発生したものであることが認められる。

ところで自賠法第三条にいう「他人」とは自己のために自動車を運行の用に供する者および当該自動車の運転者を除くそれ以外の者をいうものと解するのが相当であるところ、右認定の事実関係からすると、義孝の本件自動車への同乗はいわゆる好意的乗車によるものであつて、しかもその同乗も運転者たる被告岩下がこれを許容してなしたもので、本件自動車の運行は被告岩下ならびに被告会社のための運行ではあつてもその一部が義孝のための運行であつたとみることは到底できないから、義孝をもつて被告らとともに本件自動車の運行供用者であるということはできないし、また義孝が被告岩下と交互に本件自動車を交替して全行程の三分の一程度を運転してはいたが、運転手として本件自動車を自ら運転すべき職責を有する者は被告岩下のみであつて、しかも被告岩下が運転中に自動車事故を惹起して助手席にいた義孝に傷害を与えて死亡させたもので、本件事故が被告岩下と義孝との間で運転を交替したのち間もない時点で起こつてはいるが、義孝は被告岩下の使用人ではなく交替運転手ではないし、同人としては本件事故以前にすでに運転者としての地位を離れていたものというべきであるから、義孝が本件事故当時本件自動車の運転者であつたと解することはできないし、さらに義孝は本件事故当時助手席に同乗はしていたが、被告岩下の運転を直接間接に補助するような行動に出たことを認むべき事情もなかつたのであるから、いわゆる運転補助者の立場にあつたものということもできない。従つて義孝は被告らに対する関係では自賠法三条にいう「他人」の地位にあたると解するほかはない。

(3)  さらに被告らは、義孝はいわゆる好意同乗者であつて解釈上責任制限がなされるべきであり、被告会社にとつて義孝はその予期せざる同乗者であるところから、被告会社の運行供用者責任は否定されるべく、仮りに責任があるとしても慰藉料等の減額事由とすべきであると主張するので、この点について検討するに、前記のように義孝の本件自動車への同乗は運転者たる被告岩下の許容によるいわゆる好意的乗車であるということができるが、運行供用者が好意同乗を予想しえたかどうかという事は好意同乗者に対する運行供用者責任の有無を判断するのには格段意味がないものと考えるので、本件について被告会社にとつて亡義孝が予期しない同乗者であつたとしても、これによつて被告会社の運行供用者責任が否定されるものではないというべきである。また前記認定の事実によれば亡義孝は本件自動車への同乗前に被告岩下から被告会社の製品を東北方面へ運送する旨を告げられているのであるから、本件自動車の運行が被告会社および被告岩下のための運行であることを知つた上本件自動車に同乗したものということができるので、被告会社の運行供用者責任を否定するわけにはいかない。

しかし本件自動車への好意同乗者たる亡義孝の被告岩下との関係、義孝の本件自動車への同乗に至るまでの経過、同乗後の義孝の挙動等に鑑みるときは、好意同乗者たることの故をもつて義孝およびその相続人たる原告らの蒙つた損害のうち慰藉料の算定についての斟酌事由になるものと解するのが相当であるから、後記のように慰藉料の減額要素として斟酌すべきものとする。

(4)  また被告らは、本件事故の発生ならびに被害の拡大につき亡義孝にも過失があつてこの過失が寄与しているから過失相殺をすべきであると主張するので、この点について検討する。

〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場の道路は南方にやや勾配状態になつた平担な舗装路であつて、本件事故現場から南方約一〇〇メートル前方が右から左にゆるく屈曲している全幅員九・二二メートルのセンターラインのある道路であつて、午前七時から午後一〇時までは最高速度が毎時四〇キロメートルと規制され、かつ右規制時間内は追越禁止となつているところ、被告岩下は本件自動車を運転して右規制時間外である昭和四三年一一月一四日午前〇時一五分ころ時速約五〇キロメートルで進行して本件事故現場にさしかかり、助手席に同乗していた義孝に「もうすぐ飯田市だ」と話しかけ、その際義孝の方へ顔を向けてわき見をしたため、前方に対する注視がおろそかになり、約二一・三五メートル進行して前方に視線を移したが、自車が該道路からはずれつつあることに気付き急ブレーキをかけたが及ばず、自車の左側前輪が道路外へ逸脱し、続いて自車の左前部フエインダー等が該道路外左脇にたつていたコンクリート製電話柱に衝突してなお約六・四五メートル進んで停車したこと、一方義孝は当時助手席にあぐらをかいて不安定な姿勢のまま飲酒していたため、掴まるところがなく、本件自動車の右電柱との衝突ないしは急停止の措置の反動でその前部フロントガラスを突き破つて衝突箇所から車外に約一三メートル投げ出され、重傷を負つた上死亡するに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告岩下による本件自動車の運転時は規制時間外であつたから、被告岩下が制限速度をこえる速度で運転していたとする被告らの主張はあたらないし、本件事故当夜のような夜中に運転者が自動車を運転中同乗者の方に脇見して話しかけてくることは絶対に慎まねばならないことではあるが、同乗者がこれに対して注意を与えなかつたとしても、かかる不作為をもつて同乗者たるものの過失であるとは到底いえないし、本件事故の発生原因は被告岩下の脇見運転のみに起因するものであつて、同乗者たる義孝の右不作為は本件事故発生の誘因ともならないことが明らかであるから、亡義孝には被告ら主張のような過失があつたものということはできない。また亡義孝があぐらをかいて飲酒し、不安定な姿勢でいたこと自体からしてこれをもつて義孝に過失があつたというわけにもいかないので、被告らの過失相殺の主張は採用するに由ないものといわなければならない。

三、(損害)

(一)  亡義孝の逸失利益

〔証拠略〕を総合すると、亡義孝は昭和一二年二月生れで本件事故当時満三一才の健康な男子で、朝日交通株式会社に自動車運転手として勤務していたもので、義孝の死亡前の昭和四二年一一月から昭和四三年一〇月までの一年間の給料は年額金五八万八、八五二円であつたこと、義孝は死亡当時妻である原告ともおよびその子の原告孝子、同みゆきと同居して生活していたことが認められる。そして義孝の生活費としてはその給料額、職業、家族との同居の状態等から推して右給料の三分の一程度と認めるのを相当とするので、その生活費は一年間として金一九万六、二〇〇円を要したものとみるべきである。従つて義孝の一年間の純利益は金三九万二、六五二円となる。

ところで義孝は死亡当時満三一才で、タクシー会社の自動車運転手であつたから、その職業等から推して本件事故がなかつたならば、満六〇才に達するまでの二九年間就労して稼働することが可能であるとみることができ、少くとも右の年収入額を下らない純利益を取得しえたものと認められるから、その間の逸失利益の現価の総計を年五分の中間利息控除によるホフマン式計算によつて算出すると、その金額は(392652×17.6=6910675の計算方法により)金六九一万〇、六七五円(円以下切捨)となる。

そして〔証拠略〕によると、原告ともは亡義孝の配偶者、同孝子、同みゆきはいずれもその子であることが認められるから、原告ともは亡義孝の配偶者として、同孝子、同みゆきはいずれも相続分に応じて右義孝の損害賠償請求権を各三分の一の割合で相続し、その額は各金二三〇万三、五五八円(円以下切捨)であるということができる。

(二)  原告らの慰藉料

原告片桐宅男を除くその余の原告らと亡義孝との身分関係は先に認定したとおりであり、〔証拠略〕によると、原告片桐宅男は義孝の実父であることが認められる。そして原告らが義孝の死亡により多大の精神的苦痛を受けたことは推測するに難くないところ、本件自動車の好意同乗者たる義孝についての前示慰藉料の減額要素として斟酌すべき事由を考慮し、これを慰藉料において斟酌すると、原告宅男につき金三〇万円、原告ともにつき金一〇〇万円、原告孝子、同みゆきにつき各金四〇万円と算定するのが相当である。

(三)  原告片桐ともの財産上の損害

(1)  (入院治療費)

〔証拠略〕によると、原告ともは亡義孝が本件事故の発生した昭和四三年一一月一四日丸子中央病院へ入院して同月一八日に死亡するまでの間治療を受けた入院治療費として、昭和四四年三月一一日同病院に金一〇万一、二六三円を支払つたことが認められ、かつ右支出は本件事故と相当因果関係にある損害と認められる。

(2)  (葬祭費等)

〔証拠略〕によると、原告ともは亡義孝の葬儀のため、葬具一式代に金四万一、七〇〇円、葬儀用肖像写真引伸代に金四、〇〇〇円、死亡通知状印刷費に金六〇〇円、仏前供花代に金一、〇〇〇円、料理代に金四万八、五八三円、香典返しに金三万一、二二〇円、葬儀その他のための車代に金三万二、五〇〇円、霊柩車代に金二、〇〇〇円、火葬費に金一、三〇〇円、寺僧布施として金九、〇〇〇円を各支出し、さらに仏壇購入費および白生地代等として金八、六五〇円の支出をしたので、葬祭費等として計金一八万〇、五五三円の支出をしたことが認められるが、右支出のうちには香典返し金三万一、二二〇円のような明らかに本件事故とは相当因果関係がないと思われる支出も含まれており、また車代も葬儀のためのものとしては余りにも高額な支出になつていると考えられるので、本件事故により原告ともが支出を余儀なくされた本件事故と相当因果関係にあるものと認めうる葬祭費等としては右金額のうち金一二万円の限度において被告らに負担させるのを相当とする。従つて原告ともは右金一二万円の損害賠償請求権を取得したものということができる。

(3)  (弁護士費用)

〔証拠略〕によると、原告ともは原告らのために本件原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、着手金として金二〇万円を支払うことを約し、うち金五万円は既に支払いずみであつて、着手金の残額(金一五万円)および謝金として金三〇万円計金四五万円を第一審判決言渡日に支払うことを約したことが認められるが、本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに負担さすべき弁護士費用は、原告ともがすでに負担しおよび支払債務を負担した未払分をも含めた弁護士費用のうち金三五万円とするのが相当であるから、原告ともは右金三五万円の損害賠償請求権を有するものということができる。

四、(損害の填補)

原告とも、同孝子、同みゆきが自動車損害賠償責任保険金三一〇万七、二六三円を受領したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、原告とも、同孝子、同みゆきはこれを各相続分に応じて各三分の一の割合で右各原告らの損害額に充当したことが認められるので、その損害額に充当した金額は各金一〇三万五、七五四円(円以下切捨)ということになり、従つて右原告らの各損害額から右金額を控除すべきことになる。従つて原告ともの損害額は前項(一)ないし(三)の合算額金三八七万四、八二一円から右充当金額を控除した金二八三万九、〇六七円、同孝子および同みゆきの損害額は前項(一)、(二)の合算額金二七〇万三、五五八円から右充当金額を控除した各金一六六万七、八〇四円となる。

五、(結論)

よつて原告らの本訴請求は、被告らに対し各自原告宅男は金三〇万円、原告ともは金二八三万九、〇六七円、原告孝子同みゆきは各金一六六万七、八〇四円およびこれに対する(ただし原告ともは右金員のうち前記支払債務を負担した弁護士費用として被告らに負担さすべき未払分金三〇万円を除いた金二五三万九、〇六七円に対して)本件事故発生の日である昭和四三年一一月一四日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを一部認容し、その余の各請求についてはいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用し、なお仮執行の免脱は相当でないので付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 柳原嘉藤)

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